庭をどうするか問題

ガーデニングの記録

想定外の庭

お義父の残した、庭付き一戸建てに住んでいる。

理想の家を夢見る間もなく、結婚と同時にお義父が亡くなったからここに住むことになった。

越してきたら、庭にはたくさんの木が植わっていた。

その昔、お義母はほどなくしてこの家を去ったそうだ。義理父は、人生の中間は主人と二人、後半一人でこの家で暮らした。

そこに庭がある。

お義父は、庭が欲しかっただろうか?

きっとお義母さんが欲しかったんだ。その証拠に、お義母さんは、自分の家で庭木を愛でて暮らしてるもの。

私は、そこに庭があっても、どうすることもできなかった。だって、わたしの人生において、「わたしの庭」について考えたことがなかった。26歳の私は、庭には関心がなかったのただ。

木を全部抜いた

木は2階を超える勢いで伸びていた。
1階は、木のせいで日陰になっていた。
木を全部抜くという主人。
主人がそう言うのならと、さして気にもせず、木たちは抜かれトラックの荷台いっぱいになって、去っていった。

木を抜いたら雑草がぼうぼう生えた

木はなくなった。

でも、庭は、まだあった。
日当たりが良くなり、今度は草が生える。
その草たちは、私の考えに及ばないから、草ぼうぼうのまま。
見るも無残な状態ですごした夏もある。
窓越しに見ると、ちょっとした草原のようだった。
ある朝、お義母さんが草むしりに来ていた日もあったな。
ヒドイ嫁だと思ったことだろう。
草のことは嫌だったけど、ぬくのはもっと嫌だった。

家庭菜園

いつかの夏。
NHKで見た家庭菜園の番組。

感化され家庭菜園をやってみた。
赤土の地質で、ろくに土づくりもせず、苗だけ植えた。
子供たちと植えた、きゅうりの苗。
大きくなったらうれしいね!と、家庭菜園ごっこをした。
その畑は、私の考えに真剣に根付いてないから、枯れていった。
嘘つきの母親になった時もある。

庭はあるだけじゃ、素敵にならないんだと知るようになる。まぁ素敵な庭も求めていなかったけど。

草ぼうぼうとの闘い

ずっと、ずっと、庭がある。
とにかく、夏になったら草ぼうぼう。
これとは向合わざるを得ない。
草むしりが嫌すぎて、ウッドデッキで庭半分を隠すことにした。
業者に見積をとったら、すごく高かった。
だから、自作した。それでも材料費10万くらいかかった。
10万で、草むしりから解放されれば、それでよかった。

ウッドデッキは朽ち果てる

手づくりのウッドデッキは、やがて朽ちた。10年くらいはもったかな?
朽ちたらまた、草ぼうぼうになってしまう。焦ったわたし。
今度はウッドデッキに使っていた軽量ブロックを平らに敷き詰めた。
苦肉の策だ。土に日が当たらなければ、草だって生えることはできない。

そのころから、庭って何だろう?と庭に関心が生まれた。

庭に求めるもの

ずっと庭がある。これからもある。このまま無関心でいいのか?と、とうとう自問自答し始める。
そりゃ、手のかからない、花の絶えない庭だったら、いいけどね。
と、やけっぱちに思った瞬間。

そうか。手のかからない。花の絶えない庭なら、いいのか。
じゃ、そうしよう。と思った。

それは、10年くらい前の話。

今、少しづつ、私の庭

庭なんて、そんなに簡単に完成しやしないと身をもって感じてる。
ブランコを置いたり、テーブルを置いたりもしてる。

あじさい、菖蒲、クリスマスローズ、菊、チロリアンランプ、アガパンサス。
毎年咲いてくれる花をメインに植えている。

少しづつ、少しづつ、手のかからない庭を作ってる。

ほっておけば、来年も咲いてくれる。
癒される。こんなにほっておいても答えてくれる。私の意志で集めた子らには、愛着が湧くものなのだ。

庭作りは子育てに通じる。

正しい場所に植えれば、花は勝手に成長し咲くものなんだと知る。
きっと子供もそうだ。夫も。正しい場所に置いたらほっておく。
たまに、観察、水あげ、弱ってたら手当て。
花が咲いたら、褒めまくる。
自走しだしたら、こっちのものだ。楽で手間いらずになる。

これからも、続く庭

わたしは、静岡出身でここは千葉。
これまで、ここが終の棲家になるとは、考えていなかった。
いつかは、静岡に戻るのかなぁ。
主人と、新たな地で暮らし直すのも悪くないなぁ。
と思ったり。

時は過ぎる。
最近子供たちが、ここを実家だと思っているんだな。という実感がある。
そうなると、とりあえずよっぽどのことがないかぎり、ここにいてやろう。
という親心が芽生えた。

ずっといるのか。ずっとか。ずっと千葉。ずっとここ。ずっとずっと、あと40年。

毎年草ぼうぼうは、さすがに私も滅入る。
だったら、手のかからない。花の絶えない素敵な庭づくりを続ける以外ない。
ましてや、年も取っていくぞ。早く完成さねば!

さほど情熱はなかったが、くされ縁でそこにある庭。
これからもどうぞよろしく。